神奈川細雪その二十九
「秀ちゃんへ
あんなあ、文子の縁談がまとまってな、お母ちゃんは今、大忙しなんや。福田小児科の先生が、お仲人やさかい、仕来たりもええかげんに出来へんの。まずは結納やろ、本家のばあちゃんに聞いて、納める品物準備しとる。堪忍な、そんな訳で今、帰ってこられても話を聞いてあげられへんよ、怒らんといて。文子のお相手は、二人といないええボンボンや。男前でな、文子もぽーっとなっとる」
こんな人を馬鹿にした話があるだろうか?自分も文子も同じ娘ではないか?
文子の結納には奔走し、何年も実家に送金した自分には帰ることすら拒否する。
あああ、ばからし
「なにが男前や」
「どうした?秀ちゃん」
隣で煙草をくわえた橋本が秀子の顔を覗きにきた
「橋本さんと一緒になること、お母ちゃんに報告したかったんや、そしたらな」
「お母ちゃん、ええ顔せえへんか?」
「今は、妹の結納でてんてこ舞いやて、後回しにされたわ」
「お母ちゃんに筋は通したかってんけど、それならそれでええやん、一緒に暮らそう、八王子に来てえな」
銀水旅館を辞めてから、小田原に借りた小さなアパートは、二畳の広さしかない。ため息が電球の古い紐を揺らした。