2019-11-01から1ヶ月間の記事一覧

神奈川細雪その十二

朝まだき家族全員が布団の中にいる頃、いきなり叔父の玉吉が玄関をガラリと開けた。 「姉さん、寝てる場合と違いまっせ。町内中がゆんべから、大騒動や」 富が半身を起こして、法被に股引きすがたの弟を見た。「あれ、消防団のかっこして、こげな朝から、ど…

神奈川細雪その十一

何をやらせてもどんくさい子姉妹一の役立たず 「鈍いことは牛に任せてな、登代子ちゃんさっさとやりよし」底意地の悪い近所の女達に追いたてられても、登代子の笑窪は消えたことがない。 確かに洗濯をやれば午前中いっぱいかかってしまうし、雑巾がけをやら…

神奈川細雪その十

石原裕次郎とか言う新人俳優が、映画のロケに現れた時の騒ぎを、文子は思い出す。同じ地続きの海岸だというのに、茅ヶ崎、藤沢は湘南海岸と呼ばれ、何やらお洒落なイメージだ。裕次郎はヨットを操り、逆光をあびて文字どおり輝いていた。まるで戦争という暗…

神奈川細雪その九

「中居のあんたらがどんな手を使って、お稼ぎなさるんかは、勝手や。うっとこは曖昧宿やないけどな。わては、板前だす。裏のことまで係わりおうたら身がもたんわ、だがな」 「お客さんから貰うたチップはこの漬け物龜に入れて月末に頭割りするんが決まりや。…

神奈川細雪その八

「今にわてが店を持ったら、若おかみはふみちゃんやでえ、いっぱしの男やったら店のひとつも持たなあかんよ、嫁に来てえな、わて、働きもんや」今朝も牛乳屋の若い店員、克也がニヤニヤしながら声を掛けてくる。「おなごは二十歳すぎたら、早いで、ふみちゃ…

神奈川細雪その八

円錐形に固められたチョコレートがベルトコンベヤーに載って流れてくる、チョコレートの真ん中にパラソル形の小さな柄を差すのが、登代子の仕事だ。手先は器用な登代子だが、とにかく動作が遅く流れに乗ることが出来ない。 柄を差し損なった分は下流で待ち構…

神奈川細雪その七

納戸を改造して、巨大な日本猿を飼い始めたみつは町内一の変わり者として有名だ。「みつさん、なあ、勘弁してや。猿が恐ろしゅうて回覧板も届けられへん。檻の隙間から手ぇ伸ばして襲ってくるねん。」「飼うったって、犬か猫にして欲しいわ。ほんまに。あん…

神奈川細雪その六

見合いを勧めてきたのは、乾物屋のたねさんだ。「一概に、仲人口ってあわはりますけど、信用してもろてかまへん。二つとないええ物件や、見てみなはれ。ちゃんとした勤め人、ややこしい親類はなし、それにな」「見てえな、いい男ぶりですがな、外を歩くと近…

神奈川細雪その五

芦ノ湖とよばれる巨大な湖を見たとき、秀子は心底驚いた。川でなし池でなし、こんなおっきな水溜まりがあんねんなあ客が帰ったあと、布団を畳み 掃除に入るのが秀子の仕事だ。帰る直前まで部屋中を汚し、情事の名残を平然と置いて帰る客を秀子は憎んだ 時に…

神奈川細雪その四

千鶴子は初恋と言う感情がよく解らない。クラスでもませた娘は「野球部の佐藤くん、かっこええわ、笑顔が歌手の三田明そっくりや」「うちは断然井上くんやわ、優しいねん」などと騒いで内輪で盛り上がっている。同い年の少年など回りをぶんぶん飛び回る蜜蜂…

神奈川細雪その三

「お富さんは、あんきやなあ。四人も年頃の嬢ちゃんいやはるのに、片付けるきぃはあらへんの」「下の嬢ちゃんはまだ学校やさかい、仕方おへん、だけど上の二人はじきいかず後家でっせ」 娘の婚期について、最近はよくせっつかれる。富なりに「はよ、ええ人に…

神奈川細雪その2

顔にも体にもほってりと肉が付き、鈍重そうにみえる登代子だが、かなり手先は器用だ。 今も重ねたガーゼ生地を、レース糸でかがりハンカチを作っている。 「もうすぐ秀子姉ちゃんの給料日やな、」「あてにせんほうがええで」 「だって、修学旅行のお金、どし…

神奈川細雪

「ふみちゃん、市役所でなあ、アルバイトの巫女さん、募集してはるやろ」「ふん、市民会館に今度、結婚式場出来るんやて」「巫女さんてなんかええなあ、神秘的やん、衣装も白と赤で可愛いわ」「ちいちゃん、仕事は格好やない、やってみたいんか?」八百屋に…

みずみずと

割と知名度のある会社、S社のアルバイト要因となった私心配してた駅からのみちのりは社員の一人が車で拾ってくれる事になった一緒に働く社員は十人くらい、みんな二十代から三十代と若い ドアを押さえてくれたイケメンさんは、いかにも育ちの良さそうな男性…

音なき花火

面接行って、控え室で待たされてびっくりしたわね十人くらい順番を待ってた 若い女の子ばかりよ そして面接、所長という三十代の男性とその部下みたいな人聞かれたことは、自動車メーカーみたいな大企業にいたのになんでうちみたいな、小さい会社に来たいの…

ロンジン

問い合わせると仕事は電話対応、注文受付、会議室の掃除とか面接日時も聞きました家にいるとジジイがいえの掃除しろとか、うるさい自分こそ家族中で暇ぶっこいてるくせにさ私は四年も会社員勤め して始めてできた休養なんだよそれに直後から就職活動してんの…

讃美歌

無職になってクソジジイと一日じゅう顔合わせてなきゃならない死にもの狂いで次の仕事探しましたよ隣街で買ったトラバーユ 駅のホームでパラパラ捲っていたの私は正社員以外眼中になかったのだけどその求人広告から目がはなせなかったわ 場所は市内の倉庫地…