神奈川細雪その三

「お富さんは、あんきやなあ。四人も年頃の嬢ちゃんいやはるのに、片付けるきぃはあらへんの」

「下の嬢ちゃんはまだ学校やさかい、仕方おへん、だけど上の二人はじきいかず後家でっせ」


娘の婚期について、最近はよくせっつかれる。富なりに「はよ、ええ人に貰って欲しいわ」と思うのだが、縁談の進め方というのがまるでわからない。

富にとって日常というものは、前からきたものを後ろに受け渡すだけの意味しかない。
たらいに水を張って、洗濯すれば月曜日は暮れ、内職の洗濯ばさみ作りで火曜日は更ける。

十月も十一月も風よりも印象薄く、飛ぶように去る。

貧乏暮らしを嫌って、箱根まで逃げた秀子の事を思うと、「ほんに、母ちゃんは男運が悪いんや」

嘆きたくもなる。

最初の連れ合いは幼子二人を遺し戦死


再婚相手も子供二人を作っただけで戦死した。

遺されたのは四人姉妹と富

秀子と文子はそれなりに収入が有るので、嫁に行かれたらかなり困る。

「お富さん、ええ、縁談どっせ、口べらしゆうたらなんやけど、ええご縁のあるうちに一人片付けなはい、こうゆうもんははずみや、はずみついたらトントン拍子に決まる」


調子よく広げられた釣書らしきものへ、富は暗い目を向けた。