神奈川細雪
「ふみちゃん、市役所でなあ、アルバイトの巫女さん、募集してはるやろ」
「ふん、市民会館に今度、結婚式場出来るんやて」
「巫女さんてなんかええなあ、神秘的やん、衣装も白と赤で可愛いわ」
「ちいちゃん、仕事は格好やない、やってみたいんか?」
八百屋に卸す袋はりの手が止まる
「ちいちゃんは、わてらと違って高校に行かせて貰ってるやん、末っ子やからお母ちゃんも覚悟したんやで」
「苛める人おんねん、クラスにな。うちは学校いち、もてるさかい、嫉妬されんねんな。ラブレター貰ってるとこ見られてもうた。」
「あほか、同級生なんぞ、二三年の付き合いやわ、我慢すれば直ぐ卒業やわ、学歴は大事、大事、」
「ふみちゃんこそ、高校行くべきやったなあ、おとんぼのうちよりずっと賢くて、本もぎょうさん読んではる」
「ああ、暑いな」
母の実家近くに立てたバラックは八畳ほどの一間しかない。
そこに秀子、文子、登代子、千鶴子の四姉妹と母の富が折り重なるように寝起きしている。
文子は唯一の窓である水屋上のガラスをガタピシ言わせながら開けた。
「今日はとりわけ暑いな、風なんていっこも入ってきいへん」
「これ、昼前に八百辰にもってったら、帰りに小豆アイス食べよか?」
中学生の身で男子と家出騒ぎを起こし親戚中から非難された妹を文子は眺めた。
姉妹の中で一番器量に恵まれたのは、おとんぼの千鶴子だ。
細面の顔立ちに大きな二皮目が儚げな風情を与え、男なら庇護して上げたい気持ちを掻き立てるのだ。
だが、自分自身まだ男を知らない文子はそんな千鶴子の魅力に気づかない。
雑魚寝暮らしがほとほと嫌になった長女の秀子はさっさと、箱根の住み込み中居の口を見付けて出ていった。
「アルバイトはお母ちゃんの許しが出てからや、
まあ、あんたに甘いお母ちゃんやさけ、神主でも巫女でもやらせるやろなあ。」
だけど、神様に支える巫女という職業は処女じゃなきゃ、
姉妹の間でさえそんな事は口が割けても言えない。男女間の事など、心に思うのもふしだらだ。
百枚以上、袋に張った新聞紙を布のバッグに入れた。
「姉ちゃん、この頃流行ってるナイロンのバッグ、ええなあ、軽そうやわ。」
「内藤鞄屋にあるか見て行こか?」
妹の大きな目がキラキラしている。文子は狭い玄関でちびた下駄を突っ掛けた。