神奈川細雪その五

芦ノ湖とよばれる巨大な湖を見たとき、秀子は心底驚いた。

川でなし池でなし、こんなおっきな水溜まりがあんねんなあ

客が帰ったあと、布団を畳み
掃除に入るのが秀子の仕事だ。

帰る直前まで部屋中を汚し、情事の名残を平然と置いて帰る客を秀子は憎んだ


時には、「おねえさん、ええやろ、わて一人できてんねん。鍵は開けとくさかい、待ってる」

何を勘違いしたのか、ちぢかまる秀子の手に百円札を押し付け、図々しい客もいる。


外を見ると羽虫のような淡雪が芦ノ湖へ落ちて行く。

「毎月、毎月、給料日になると妹たちにせびられる。一番上で貧乏くじひいたわ。お父ちゃんがしんだはうちのせいやない、」

「働いて働いてもう貧乏から抜け出すんや、お銭はなあ、貯めるが勝ちや、銀行さんが守ってくれはるんや、いっち、信用出来る、身内より何より銀行さんや、通帳見てるとうちは落ち着く」


今夜は「すすきの間」の客のところへ行こう、女中部屋の女たちは布団に入ったかと思うと、ふっと消えていなくなる。

「箱根千石原の七不思議や」

しゅんしゅん、音を立てはじめた鉄瓶に秀子は水差しの水を足した。