神奈川細雪その九

「中居のあんたらがどんな手を使って、お稼ぎなさるんかは、勝手や。うっとこは曖昧宿やないけどな。わては、板前だす。裏のことまで係わりおうたら身がもたんわ、だがな」


「お客さんから貰うたチップはこの漬け物龜に入れて月末に頭割りするんが決まりや。守れんならここ辞めて貰うて宜しいで。特に女中頭さん」


板前の田中に睨み付けられた女中頭は、首をすくめて項垂れている。

「先週いらした慶應義塾大学の早川先生な、あんたにどえらいチップくれはったそうやな、わてはいっこも知らんで、お礼も言わんとどえらい恥かいてしもうた」


板前のくどくどしい説教を聞き流しながら、秀子は今月貯めた貯金額を考えている。

特に美しくもない平凡な自分に出来ること


男の一人客の相手をすること、そして貯金だ、

いまだに親元にいてそれなりに楽しく娘時代を過ごしている妹たちを羨んだことはない。

「修学旅行のお金出して下さい」

登代子からの手紙を引き出しの奥にしまう。破り捨てないのは、海に面したあの小さな町を時々思い出すためだ。