神奈川細雪その十二

朝まだき

家族全員が布団の中にいる頃、

いきなり叔父の玉吉が玄関をガラリと開けた。


「姉さん、寝てる場合と違いまっせ。町内中がゆんべから、大騒動や」



富が半身を起こして、法被に股引きすがたの弟を見た。

「あれ、消防団のかっこして、こげな朝から、どうしたん」


「川向こうの神社下の空地な、今からあっこで人探しや、四才の女の子がな昨日から家に帰ってないらしい」

「空地は、バラックいっぱい建ってますなあ、あっこの子供かい」


「そや、親は半狂乱やし、警察に届けたのも、今朝らしい、わてらに召集掛かったのも今さっきや  、
警察官ウロウロしてるさかい、ふみちゃんたち、今日は仕事は休みなさい」


「みつかんかったら、川浚えも考えなあかん。小さい子供やさかいなあ、」

「いやあ、おかあさん可哀想やなあ、生きた気もせんやろ」

「新幹線工事なあれがけったいな人間を平塚に集めてしまったんよ、誘拐だったら、許しまへんで


新幹線という日本一速い乗り物は平塚の町の頭上をただ通過するために大工事がはじまっている。電車にすら乗らない富にそのスピードは想像すら出来ない。