神奈川細雪その十三

文子の家はこれ以上がないほど貧乏だが、工場で一緒に働いている千草の家は、もっと貧乏だ。

常に栄養失調なのか仕事中に何度もたおれた。

「千草ちゃん、もしかして朝ごはん食べてないんか」

工場の休憩室の薄い毛布を引っ張りあげ、項垂れた姿は折れそうに細い。

「朝どころか、もう三日、食べるものがあれへんのよ」

「昨日は、オモニの給料日やってんけど、借金とりがきてなんもかも持っていかはった」

「…」

「恥ずかしいけど布団やちゃぶ台まで売ってしもうて、服着たまま寝てるんや」


「ごめんなあ、せめて麦飯のお握り、あげたいけど、うちとこもギリギリなんや」

「おおきにな、気持ちだけ貰っとくよ」


「学校で、千草ちゃんはほつれたうちの制服、上手にかがってくれはった、ありがとうな」


「あのな、」


「なんね、」


「工場で働けるのも、あとひとつきや、来月からな、うち、川崎で働らかされる」

「ええっ、川崎って、引っ越してしまうん、」


「ふみちゃん、優しゅうしてくれて、おおきにな、日本人やないさかい、差別されるのは慣れてる、だけど働いても働いてもなんでお腹一杯食べれへんのやろ、工場でチョコレート毎日つくってるのに、味わったこと一度もおへん。」


「何度も何度も、チョコレートわしずかみにしてわしわし食べること想像したわ、だけどな味を知らんで、空しいだけやった」

「川崎は都会や、そこでうちは人様に言えん仕事をする。辛いやろが、ここでくすぶって餓鬼になるよりましや、ふみちゃん、手紙書いてええか?」


「ええよ、川崎なんてすぐそこや、電車乗って会いに行くよ」