神奈川細雪その十九

玉吉の生まれ育った平塚は、県庁所在地横浜とは何もかも違う、田舎町だ。
田舎者特有の心理で、些細な変化や見慣れないよそ者を嫌う。

だが押し寄せて来た戦後の好景気はそんな偏屈をすっかり廃除した、


戦後十年も経つと、住まいがバラックでは不味かろうと、どさくさに儲けた資金を住宅にあてた。

お陰様で「平川工務店」は幾ら職人を増員してもおっつかない商売繁盛だ。働きたい希望者の履歴書などまず見ない。


カミナリ族だろうと愚連隊だろうとまず雇う。幸い見よう見まねで製図を覚えた、弟の研吉がかなり役にたつ。兄貴分の貫禄を見せ、若い者らを上手に束ねている。

この頃はそこに外国籍のものが混じってきたが、彼らのプライドさえ尊重すれば、別に付き合いにくい相手ではない。


「研吉兄さん、墨付け終わったらな、角の立呑屋行かへんか」


「アホお、君とは昨日も飲んどるわ、肝臓がもたへん、」

「肝臓ってのは何どすの、」

「わてら酒飲みには、イッチ大事な内臓だすな」

「今日一日くらい肝臓ももつやろ」

「君みたいに酒を水がわりに呑むもんには、肝臓なんてあらへんわ」


「つべこべ言わんと、行きまっしょ、あこはコップに二号酒をどぼどぼ注いでくれはる」